top of page

🕊️地獄を創り出すのは自分なんだよ🕊️

8月4日
読了時間: 7分



さてさて。

何だかとても、穏やかでない題名を付けてしまいましたが…


夏休みということで実家に帰ってきて、そこで母と久々にゆっくり話していましたら…


いろいろな話を聴かせてくれて、その中のひとつにとてもビックリしたことがあるのです😨


しかもその母の話を聴いてる最中に、神様たちが教えてくれたこともあったのでますます背中がゾクゾクしたのです😱


でも、これもまたとても大切な神理なのかもしれない…そうも感じたので、それをこちらで詳しくつぶやいてみます🤫


母が話してくれたのは、こんなお話でした…


自分が若かりしとき、(今はもう亡くなっておられますが)無理難題をいつも言ってくるTさんという人がいて、それを母と同じ立場のMさん(その、無理難題を言ってくる人のことを母と共に支えるべき人)に相談しても、


「そんなもの、無理ですと断ればいいじゃない!」と冷たく言われ、


結局は母がたった1人でその、無理難題を言ってくるTさんのために長年、尽くしてきたと…


そして、Tさんのために(Tさんが亡くなる最期まで)できる限りのことをやりきったおかげで今や思い残すことが全くない母に対して、


なんと今、(かつて「そんなもの、無理ですと断ればいいじゃない!」と冷たく言っていた)Mさんが、


「あのときの自分は、やるべきことを全くやらなかった…」と自分のことを責め始め、


顔面の表情が崩れてしまうような病気にもかかり、


とても暗い日々を送っていてビックリした、という事実でした…


私は実は、母からずっとTさんのことを聴いていました。


そして、本来なら力になるべきMさんに冷たく断られ、ずっと母が1人で頑張ってきたことも…


私としては、(それが母に与えられた課題であり学びであるなら)「母はそれをTさんの最期のときまでやりきったのだからあっぱれや❣️Tさんとの間に何かしら残っていたかもしれない母のエゴのカルマのようなものも、これで綺麗に解消されたのではないかな😆」とシンプルに明るくとらえていましたが、


ここで、この話のもうひとつの側面に気付いてゾッとしたわけなのです…


それはつまり、母とは逆に、『そのとき自分が果たすべきことから逃げてしまったらどうなるか』ということ😨


「しんどい、逃げたい、誰かに押し付ければいい!」


そう考えて(本来ならば自分が受け止めるべきものに向き合わずに)生きた結果、


最終的に「自分はあのとき、やるべきことをやらなかった…」と自分を責めて、病気になったり、暗い日々を送るとなると…


それはまさに、自分で自分を地獄に招き、そこで生活するようなもの…


明るい光も見えず、ただひたすら自分が(やったこと、ではなく)やらなかったこと、について


延々と思い返し、悔やみ、反省させられる…


(時間を巻き戻すのはこの3次元では不可能なので)今さらやり直すこともできないのに、


ただひたすら後悔して、自分を責めて、暗闇の中でさまよい続ける…


こんなに辛いことがあるでしょうか😭


でもふと考えたら、それは、私たちが亡くなった後にあちらの世界でまず最初にやることでもある気がしたのです…


私たちは亡くなった後、あちらの世界に還り、これまで自分が歩んできた人生を全て振り返り、


その言動が慈愛に満ちたものであったか・自分優先のエゴに満ちたものであったかを、


どこまでも容赦なくまざまざと見せられながら、そのひとつひとつを追体験していく…


その結果、ここをまだやり残してる!とか、ここがまだまだ足りない!などと自分で反省した部分を学び直すために、次なる人生の設定を新たに立てていく…


となると、そもそも今回の人生では、たとえどんな無理難題を言われても(もちろん自分にできる範囲で)頑張るのが1番いいんじゃないか?だって、どうせ逃げても次の人生でそのやり直しを(それもこの自分自身が)誓うことになるんやから!


…と、いうことまでふと感じたわけです😢


そしたらここから神様たちが語ってくれましたので、そのまま書いていきますね✒️




そうだよ。

あなたたちは、(頑張り屋さんだからこそ)いろんな無理難題が降って湧くような人生を設定してきている…


それなのに、自分が決めた課題を他の人に押し付けて全く向き合わないようなことをしてしまうと、


最終的には「終わりのない反省部屋」のようなところに自分から入り、自分がしなかったことの意味についてひたすら反省することになる…


それを人は『地獄』と呼んだりもするけれど、それって実は神々が創ってそこに皆さんを閉じ込めるものではなくて、


皆さん自身が皆さんの反省に合わせて皆さんオリジナルに創り出して皆さんが進んでそこに入っていく、そんな場所なんだよ…


(場所と言っても皆さんのエネルギーで創られる場所だから、何か固定された部屋があるわけでもないがね)


Mさんの場合は、(真面目な性格でもあるからこそ)まだ生きている今の段階で、


(本来なら死後にどっぷり浸かるような)その反省のエネルギーをすでにまとい、それに包まれ、


結果的にそれが肉体にも影響を与え、心も身体も笑顔になれないような日々となっている…


それに比べてあなたのお母さんは、Tさんの最期までどんな無理難題にも(たった1人で)向き合い、動き、尽くしてきた…


(そこにももちろんお母さんご自身のカルマの卒業などいろんな深い設定があったのだが)お母さんはそこから逃げなかった。


だからこそ今、お母さんは心からの笑顔で、自分のためにも家族のためにも命を輝かせながら生きておられるのがこちらにもよく見えるし、


自分の設定してきた課題から目を背けずに向き合って乗り越えた者にしか見えない境地がお母さんにもしっかり見えているのがわかっている…


お母さんはよく、こう言うよね?


「お金や時間がどれだけあっても、

健やかさがなければ×0で消えてしまう…心も身体も健やかであること、これに尽きる!」


それはまさに、「魂が健やかであることに尽きる」ということなんだよね。


(人生の設定においては)あえて病を抱える人もたくさんいるが、それでも、健やかであろうと努力することはできるよね?


どんなに苦しくても、

人を責めない。


どんなに大変でも、

人に押し付けない。 


どんなにカッコ悪くても、

素直に相談する。


どんなに恥ずかしくても、

素直に教えを乞う。


そうやって、明るく健やかに頑張ろうとすることはできるよね?


魂が健やかである人は、出てくる言葉も明るく柔らかく優しく人に寄り添うものとなるが、


魂が(いろんなエゴや何やかやに覆われていて)健やかに動けない人は、どうしてもいろんなことを否定したりジャッジしたり逃げたり押し付けたりしがちになる…


それは残念ながら(創造主から常に注がれる『慈愛』で動こうとする魂に反した)健やかとは言えない状態だよね。


だから、今回のお母さんがしてくれたお話からは、実はいろんな深い神理も見えてくるよ…


魂が人生設定をする意味、

亡くなった後に反省する意味、

地獄のような場所に

自分から入る意味…


それらを俯瞰して眺めたとき、


あなたたちが今の人生をどのような気持ちでどのように向き合ってどのように取り組んでいけばいいのか、


なんとなくでも神視点で(霊界・天界視点で)新たに見えてくるもの・感じられるものがあるのではないかな??


つぶやきにしては長くなって大変申し訳ないが、お茶でも片手にじっくり読み返して、今のご自身の人生と照らし合わせてもらえたらと思うよ。


そのためにも、この夏休みは(相当なものを乗り越えてきておられる)あなたのお母さんの話をしっかり聴いておきなさいね^^




…ひぇぇぇ、まさかこんな、長い話になるとは…


母はとても不思議な人で、ふとした言葉や直感がとても深い意味を持ってたりするので、


(普段はワイワイガヤガヤ楽しそうで何も考えずに話している)母の話を右から左へ聞き流してる私ですが笑笑、


(たまに何の前触れもなく)こうゆう深い?話をしてくれたりするので、これからも一応、母の話は(すぐに流すのではなく)耳ダンボ🦻にして聞くようにしようかと思います🤣


ひとまず(自分から進んで辛い地獄部屋に入らずに済むよう)目の前に起きることや目の前に現れる人のことをとにかく大切にし、


(たとえそこで何が起きても)最終的には「これでよかったんや、私にできることは精一杯、心を込めてやりきったんやから!」と言えるように、


「まっすぐ!笑顔で!できることを人に押し付けずに!」


生きていくよう、頑張りたいと思います🙂‍↕️



コメント


bottom of page