🌿 🌾⑮御穂津姫命として生きる日々
- mihokuni2575
- 7月4日
- 読了時間: 4分

〜赦すこと〜
今年で50歳を迎える私が
1番大変だったのが
「赦すこと」なんですよね。
笑うこと
泣くこと
怒ること
喜ぶこと
悲しむこと
毎日色々な感情を持ちながら
生活をしていますよね。
以前にも
何度かお話ししていますが
いわゆる「毒親」で育った私にとっては
母を赦すことが
人生の大きな大きな課題でした。
ひとつの例をお話しさせてください。
成人式の日に父から贈られた
真珠のネックレスとピアスのセット。
その頃には父はすでに再婚していましたが
宝石商として働いていた父が
数ある真珠の中から自ら選び
「御穂に似合うものを」と
仕立ててくれた特別な贈り物でした。
おそらく大変
高価なものだったと思います。
母はそんなものを見つけては
私の知らぬ間に
質屋に売りにいくような人でした。
それを責め立てると
「あんた私の苦労がわからんのか?
あの人(父)のせいでどんな苦労したか…」
と逆ギレ…
こんな毎日が当たり前となり
「もうこの人に言っても無駄だな」なんて
思う毎日でした。
これが20歳のころです。
でも私にも感情はありますからね。
「私の前から消えて欲しい」と本気で
祈ったものです。
まだ自分で買ったものなら
よかったんです。
私が悔しくて
情けなかったのは
父がわざわざ私を想い
プレゼントしてくれたものだったから…
なんですよね。
父の気持ちまで
踏みにじられたことが
許せなくて…
あっでも
父もなかなかの大変な人だったので
どっちもどっちなんですけどね(笑)
あれから30年。
今から約2年ほど前まで
形は違えどこのような
ことが繰り返されました。
でも
とても不思議なのですが
「父と母を助けてあげなければ…
救ってあげなければならない」と
ずっと心の底で思っていたんです。
それはきっと
私の人生の設定の1つだったのだと
理解できます。
なので縁も切らずに
父と母が
1人で暮らせなくなる
その日まで
「会いたくないなぁ」なんて思いながらも
家に行ったり病院へ送ったり
生活費を援助したりと
文句言いながらでもできたんですよね。
一応伝えておきますが…
私も相当
ひどいことを父母に言ってきたので
私だけ苦しかったわけではないと
思います。
そこそこ暴れん坊の娘でしたから…(笑)
そんな時です。
母が認知症を患いました。
私は
神様からのプレゼントだと思いました。
ひどいことのように
聞こえるかもしれませんが
今までの自分でしてきた
「悪事」を思いながら
生きていくのは
歳を重ねた母にとっては
辛いものだと感じたからです。
いや…あんまり自分が悪いと自覚して
なかったかもしれませんが…(笑)
でも
初めて「やっと親孝行させてもらえる」と
思ったんです。
見たことのないくらい
穏やかで柔和な母が
可愛く愛おしくも思えました。
赦せたんだ…母を。
そう思った時は
ほんとに嬉しかったのを思い出します。
今では私が毛糸で編んだニット帽を
被りながら
「これ私が作ったのよ♡上手やろ」
なんて
ぶっ飛ぶことも言うのですが
それはそれで可愛いです(笑)
そんな時です。
Aさんが亡くなられる前の
インスタの映像の中で
「赦してあげてね。
赦すことができたら
あなたが救われるんだよ。
その人を愛してあげてね」って
言われていて…
「そうなの!ほんとにそうなのよ!
Aさんありがとう…」😭
と心からの感謝を
お伝えせずにはいられませんでした。
そしてAさんと
同じような感情を持てたことも
何だか誇らしい気持ちになりました。
…今は無理でも
「いつか…」でもいいと思うんです。
みなさんが
とても辛い時に
「あ、『御穂津姫命魂』も
確かそんな投稿してたな」
って読み返してもらえたなら
皆さんの心にそっと届いたなら…
Aさんも私もとても嬉しいです。
皆さんの人生が
実り豊かなものとなりますように✨
ではでは
今日も良い一日を☆
この写真は母と私です。
ムチムチやな私(笑)




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