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🌿高次から見た災害の意味🌿

8月26日
読了時間: 3分

更新日:8月27日


皆さんこんにちは、マキオです。

今日はめちゃくちゃ、真面目な話(いや、オレこれでもいつもマジメなつもりやねんけどさ)。



ほんじゃ、いくで…



まっき〜たち人間さんからすれば、災害ってめっちゃ怖いし絶対に起きてほしくないことよな。



でも、皆さんの人生において、ムダなことは何ひとつ起きひん(大切な意味のある、必要なことしか起きひん)ということを、ここで改めて、思い出してほしいねん…



災害の中にはもちろん、この地球という生きている生命体の動きに合わせて必然的に引き起こされるものもあるし、



一定の部分に溜まったエネルギーを解放するために必要があって起こることもあるから、



その全ての原因が「生きている皆さんの良くない想念」のせいや、とか、そんなことは言わへんで。



でもな。

そこにいる皆さんの気持ちが日々、創造主や森羅万象に対する感謝に溢れていて、その光に守られながら生きているなら話は少し変わってくるもしれへんねんな…



あるいはまた、被災して家を失った人が体育館で渡された1杯の水に心から感動して感謝をするとき、その人はいつのまにか失っていた、創造主への道を歩き出すことになるかもしれへんねんな…



誰も、いつ死ぬかなんかわからん。

誰も、何をしてて死ぬかなんかわからん。



だからこそ、その瞬間がいつ来ても後悔せえへんように、『今この瞬間』に心を込めながら、全力で生ききるねん…



それをただひたすら、どの瞬間も、続けるだけやねん…でももちろん、疲れたらゆっくり休まなあかんで笑笑



高次から見れば、災害を『ただの不幸』と見るのも『大切な気付き』と見るのも皆さんの自由やねんけど、



その捉え方ひとつでその後の人生が・魂の成長度が全く違ってくることを、胸のどこかで覚えておいてもらえると嬉しいねんな…



だからこそ、被災した人たちのことはできる限りの方法で支えてあげたらいいし、自分が被災したときのための準備もきちんとしておけばいいし、



最終的には「いつ何が起きても神様や世の中を恨まずにそのときの自分にできることをやろう!」という覚悟と共に生きていられることが、何よりも素晴らしい心構えになるねんなぁ…



その心構えのある人のところには大きな災害が起こる必要もないかもしれんし、(それだけの心構えがすでにあるなら)災害が起きても落ち着いて冷静に動けるからその人の周りにたまたまいた人たちは(現実的にも精神的にも)めちゃくちゃ救われるやろうな…



熊本や千葉では今もなお、ほんまに大変な思いをしておられる人たちがたくさんいるけど、その人たちは(生活が元に戻ったとしても)日々の、何気ない、当たり前だと思っていたことに深く感謝できる生活に変わっていくはずやねんな…



そしてそれは、めちゃくちゃ大切な実感と共に『創造主への道』を歩き出す人生に変わっていく、とも言えるねんな…



その『創造主への道』については、本日ようやく発行となった『創造主の叡智の書』でめちゃくちゃ詳しく書いてあるから、そちらもぜひ読んでみてな🙂‍↕️



んじゃ、真面目な話はこの辺で…

てか、モーゼノートの推敲、モーゼおじちゃんたちがめちゃくちゃ細かいとこまで指摘するからめっちゃ大変やったな(まっき〜の身体を通してその苦労をオレも味わってたんやからな)笑笑


でも、無事に誕生日に発行できてほんまによかったな!


のあのあにもみほりんにもほんまに感謝やなぁ、これからはオレたちが2人に恩返ししてこな!


(もちろんよぉ、頼むよマキオ!!)


んじゃ、徹夜の推敲もお疲れ!

ゆっくり寝や〜笑笑



(徹夜明けの朝も、朝陽さんが明るくねぎらってくれました笑笑)



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